アメリカなどでは主に週末などに通りに面した一軒家の庭先に家の不用品を並べ、道行く人々に販売しようと試みる「ヤードセール」が一般的に行われている。ここ日本ではハードオフや谷川質店などの普及さらには土地問題などによって軒先に十分な芝生スペースを確保できない、日本人特有のシャイな性格など、複数の理由からヤードセールはあまり行われていないためミッドファイエレクトロニクスの新作ペダル "Yard Sale"についての理解を深めることは難しいと断言できる。文化の違いである。1960年代に生まれた私のような世代の人間は暴走族やなめ猫、さらにはラジカセやコンポ世代であろう。当時はオートリバースのWカセットやラジオチューナーがあるオーディオコンポが多くの家庭に導入されており、その中にはマイク入力が装備され音源とのミックスノブまで装備されたものも珍しくなかった。がため私のような意識低い系のギタリストはもちろんそこにエレキギターを接続するという行動にでがちであった。WカセットでうまいことやればカセットMTRみたいにトラックを重ねる事ができるという事を発見した時の感動は忘れることができない。またマイク端子に接続されたギターの音(私の場合は貼り付けコンタクトマイク経由のモーリスのフォークギターだ。文句あるのか。)は、ふにゃふにゃに歪んでおりセックスピストルズを知ったばかりの私にとっては電気がビカビカ走るほどの衝撃であった。それは今思えば入力インピーダンスのミスマッチによって引き起こされるシグナルの激しい劣化が引き起こした幻覚ファズのようなものであったのだけれども、まだ14歳ばかりの純真な少年にとっては鵠沼海岸の砂浜を駆け抜ける綺麗なお姉さまの水着姿の如くキラキラ輝く崇高なものに思えてしまったのも頷けるのではあるまいか。それが昭和だ。ヤードセールの文化が根付いているいないに関わらず「マイク入力にギターを接続したら歪むじゃん」という文化は世界共通言語であることは明白な事実であり、ミッドファイエレクトロニクスの新作ペダル "Yard Sale"についての理解を深めることはここ日本でも可能であるという事は証明済であると断言できる。令和という掴みどころのない時代の中で人生を楽しむコツがあるとすれば、それは何でもやってみる事と矛盾を忘れて許容しあうという事に尽きるのではないか。
マーシャルなどの本物のアンプサウンドが「雷ロック」だとすれば、このYard Saleのサウンドは「ねずみ花火」といったところだろう。火薬を詰めた細い紙の管を小さい輪にしたもので火を付けるとネズミのように地面を走り回り破裂するねずみ花火はドカンと打ち上げられる打ち上げ花火と比較すると地味に思えるが何とも言えない昭和的哀愁がありYard Saleのいなたいサウンドにマッチしている。
ミッドファイエレクトロニクスのたった一人の設計者であるダグさんは私が最大級に敬愛するギターペダルビルダーの一人だが彼は永遠の中二病を抱えたドリーマーであるに違いない。彼はすでにカセットMTRのインプットにギターを直接突っ込んでゲインを上げて歪ませたサウンドを再現したDemo Tape Fuzzを発表しているにも関わらず、さらにオーディオなど一般家電製品のマイク入力にギターを直接突っ込んだサウンドを再現するギターペダルを製作しYard Saleなどといったスーダラな名前を付けて販売を開始、さらに良く売れているというのだから彼の中学生ハートは本物だ。どんな時代でも情熱をもってそれに没頭して作り上げられたものは美しい。
ここでミッドファイエレクトロニクスのダグ・タトル本人の貴重なコメントを引用したい。
「長年にわたり私は出会ったほとんどすべての家電製品のマイク入力にギターをつないできました。このペダルはそれらに捧げるものです。ちょっとジャギッとしてドカーン&ジョバババ、超絶低いインプットインピーダンスで演奏するのは最高に楽しい(楽器のボリューム・コントロールもよく効く👍)。回路はソ連時代のシリコントランジスタ2個を使用したフルディスクリートさ。」
出会ったほとんどすべての家電製品のマイク入力にギターをつないできたような人は彼以外にはまずいないだろう。今まで偉そうにこの文章を書いてきた私だがダグさんには到底かなわない。なぜなら私は中学生の頃にコンポのマイク入力にギターを接続したかもしれないが生涯を通じて「出会ったほとんどすべての家電製品のマイク入力にギターをつなぐ」などといった前人未到の領域には全く達しておらず、ミッドファイエレクトロニクスが展開する本物の中二サウンド、彼にしか到達できない彼の中にしか存在しない密やかな絶対領域に達する事はできないのである。それはあの当時に週刊の少年漫画誌の表3頁に掲載されていた通販広告のような怪しい魔力を放っている。
だからこそ彼の作品を通じてその未踏の地から放たれる音の片鱗を感じられることに感謝する必要があるだろう。感謝は購入という行為によって調和することが知られているので可能な限りそうするのがよろしいだろう。ミッドファイエレクトロニクスは購入によって得られた収益によって更に新しい家電製品のマイク入力にギターをつなぎ続けることを可能にするだろう。これこそがサステナビリティそのものであり持続可能な社会を築く事にもつながっていくのだ。
週刊少年漫画誌の通販広告にはピラミッドの上に置かれたバナナはピラミッドパワーの作用により腐らないと書かれていたがあれは本当なのだろうか。